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JEIと原爆

2020年08月31日 [ 社長コラム ]


連日、例年以上に暑い日が続きますが、
新しい期を迎え、ワクワクして毎日過ごしておられる事と思います。
感染症対策としても、熱中症対策としても、
栄養と休養、水分補給、適度な運動、笑うことで免疫力を高めるなど
意識的に努めてくださいね。
今月は、原爆記念日とJEIについて書きます。
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八月は六日が広島原爆の日、九日が長崎原爆の日、十五日が終戦記念日と
戦争にまつわる記念日が多い月です。
七十五年前、この日本で起きたことが
今や歴史の彼方の昔の話になりつつあります。
八月六日は広島原爆の日です。
一九四五年八月六日、広島に原子爆弾が投下され、
亡くなった人は九万人とも十六万人とも言われます。
なぜ、この記念日を取り上げるか、
それはJEIと深い関係があるからです。
ご存じのように、創業者宮崎長生、私の父ですが、
神戸生まれですが、育ちは広島で一家全員広島で原爆にあいました。
その後、大阪に出てきて、祖父忠一は貿易業を起こし、
その後、長生もその会社に入りますが、
自分がやりたい電気電子の道を模索してJEIを起こしたのです。
家族全員被爆しましたが、特に祖父は大やけどを負い、
首から背中にかけてやけどの跡があり、
子供心にもとても怖かったことを覚えています。
その他の兄弟も、ガラスの破片が刺さったあとや怪我のあとがあり、
大変な命の危険をくぐり抜けてきたのだなと感じました。
祖父や父から聞く原爆投下の話は、この世の地獄でした。
大やけどを負った祖父を父が背負い、
たまたま通りがかったトラックに乗せてもらって
病院に行けて治療が受けられ、命が助かったのです。
また、父とすぐ下の弟、恒夫が交替で中学校から作業に出ており、
たまたまその日は弟が作業に出ていました。
爆心地のすぐそばで作業していたので、遺体すら見つからず、
靴が片方だけ見つかったそうで、
亡くなったのだろうと思うしかなかったのです。
このとき、私の父、長生が作業に出ていたら、
私は生まれることも無く、JEIは誕生することも無く、
フリーロックもできませんでした。
そのことを思うと、この戦禍を乗り越えて、今がある、
全てに感謝する気持ちになります。
JEIが生まれてくれて、皆さんと出会うことができて、
この仕事をさせていただくことができています。感謝です。
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毎年、八月六日広島の平和記念公園には世界中の核兵器廃絶を望む人達が集まってきて、
平和について、核兵器がこの世から無くなる事について真剣に対話しています。
六日早朝から開催される式典には世界中の国々の代表が参加されています。
是非一度参加してみてください。
日本人として、地球人として心の底から突き動かされる感情があふれてきます。
世界で唯一の被爆国である日本の一員として
何かできないか、何かしたい、気持ちになります。
私達は奇跡に近いご縁で今ここに居ます、この仕事に就いています。
JEIはセキュリティ製品で世界平和に貢献して行きましょう。
今月もありがとうございます。

株式会社JEI
山之口良子


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